機密指定ファイル:2018-07-07 「東北事変」

一部、東日本大震災を想起させる文を含みます。ご了承ください。

 

2018年東北地方広域異常複合災害に関する記録

UN-2018-07-07

通称:東北事変 

分類:複合災害型異常事象群 / M-Type, A-Type優勢

指定等級:特異災級 / 継続的封鎖指定事案(旧Sランク)

記録責任官:記玄官 遠野(仮名)/幻滅官 第23帯域室統括官補


経過概要(発災後78時間)

第1日:2018年7月7日(土) - 発災と混沌

02:59 JST: 宮城県牡鹿半島沖の海上保安庁巡視船「くりこま」より「海面が空と入れ替わる」現象を報告。直後、同船からの通信およびロスト反応が完全に途絶。これが事変の最初の観測記録となる。

03:03 JST: 青森、岩手、宮城、福島の4県沿岸部全域で、建造物のランダムな消失、海岸線の不定形な隆起・陥没、存在しないはずの集落の出現といった大規模なA-Type(空間的)異常が同時多発的に発生。

03:15 JST: 報告の殺到により、各県の警察・消防の指揮系統が麻痺。内閣府対異常対処部門は、警視庁星特別対処部・零課に対し、最高レベルの緊急出動命令を発令。

03:47 JST: 零課の先遣隊を輸送するヘリが、仙台市上空の空間座標不安定領域に遭遇。機体が激しく振動し、航法システムが意味不明な座標を表示。パイロットの判断により、やむなく関東方面へ緊急退避。陸路・空路での対象領域への進入が極めて困難であることが判明する。

04:22 JST: 記玄官第三倉庫(北海道)との定時連絡が途絶。後に、事変の影響によるミーム汚染が通信回線を介して波及し、記録システムが自己防衛のためネットワークを遮断したことが判明する。

06:39 JST: 事態の深刻さを鑑み、内閣府対異常対処部門部長が直接、「全領域異常解決班(全決)」に出動を要請。しかし、全決所属の識別番号17(特異点因果律観測)により「事象の因果関係が崩壊しており、如何なる介入も予測不能な結果を招く。我々の『終了』が、より大規模な崩壊の引き金となる可能性を排除できない」との報告がなされ、即時全面投入は見送られる。対策本部に絶望的な空気が流れる。

12:55 JST: 仙台市中心部にて、本事変にて大規模な影響をもたらすM-Type異常が発生。通行人や避難中の市民らが、突如「存在しないはずの家族との幸福な記憶」を鮮明に思い出し、その“家族”を探し求めて街を徘徊し始める。内閣府情報統括室は、カバーストーリー「局地的なガス漏れによる集団幻覚症状」を策定し、報道管制を開始。

18:30 JST: 膠着状態を打破するため、全決所属の識別番号3, 9, 10, 19が、被害の大きい沿岸部の物理異常に対し、限定的な「終了」作戦を開始。彼らの特異点行使により、作戦開始から3時間で188件のA-Type異常が物理的に消滅させられた。しかし、M-Type異常群への影響は皆無であり、作戦後には「消滅した空間の“隙間”を埋めるように、新たな認識災害が生まれている」との報告がもたらされた。

第2日:2018年7月8日(日) - 二次被害と方針転換

00:00 JST: 内閣総理大臣災害対策基本法に基づき、東北地方の一部に非常事態を宣言。公式発表におけるカバーストーリーは「原因不明の地殻変動と磁気嵐による、未曾有の広域特殊災害」とされた。

07:12 JST: 宮内庁結界局より、「東北地方に存在する複数の『神域』と皇居を結ぶ霊脈ラインが、物理的・概念的に寸断されている」との緊急報告。修復を試みた職員2名が、異常なエネルギーの逆流により精神崩壊に近い重傷を負う。

11:45 JST: 全国から増員として派遣された県警特務班の隊員が、岩手県沿岸部でM-Type/A-Type複合異常「記憶の砂浜」に接触。救助活動中に自身の記憶と異常由来の記憶が混淆し、「自分にはここに帰るべき家族がいる」と主張して装備を放棄。これが、応援部隊における最初の精神汚染による離脱者(公式記録上は「任務中行方不明」)となる。以降、同様の二次被害が続出する。

16:20 JST: 幻滅官は、これ以上の積極的介入は被害を拡大させるだけと判断。方針を「異常の解決」から「被害の拡大阻止」へと転換。ドローンと衛星情報を駆使し、安全な領域と危険な領域を分ける恒久的な封鎖境界線(ディフェンスライン)の策定に着手。組織の活動は、攻勢から防衛戦へと移行する。

第3日:2018年7月9日(月) - 膠着と深淵

09:30 JST: 厚生労働省異常対処課が、「鳴り止まぬ鎮魂歌」をはじめとするM-Type異常曝露者に対する有効な精神治療法は存在しないとの絶望的な中間報告を提出。唯一の対処法は、汚染の進行を遅らせるための完全な隔離のみと結論付けられる。

14:05 JST: 封鎖区域全域で、新たなNull-Class異常「境界を彷徨う声」が広範囲で観測され始める。言語ではない「助けて」「寒い」「まだ帰れない」といった強い情念が直接伝達され、境界線付近で警備にあたっていた隊員や、軽度の汚染を受けていた避難民らが、声に誘われるように自ら封鎖区域の奥深くへと歩み去り、行方不明となる事案が多発。

22:18 JST:  防衛省異常対処部の観測機器が、封鎖区域最深部で発生した正体不明の極大エネルギー反応を記録。直後、その宙域に存在した最も危険な空間歪曲の一つが完全に消滅。公式記録には「異常の自律的崩壊」と記されたが、対策本部の一部では、「[問い合わせ済]」による介入ではないかと囁かれた。

■ 特記事項:臨時増員と二次被害について

事変の規模に対し、既存の対異常組織の人員では明らかに不足していたため、全国の県警特務班および県異常管理局から応援人員が招集された。しかし、彼らの多くは東北地方の複合的な異常環境に適応できず、認識災害に汚染され精神崩壊する者、空間歪曲に巻き込まれ行方不明となる者が続出。結果として、この増員措置は救助活動の遅延と人的被害の拡大を招いた。この事実は、公には「災害対応中の殉職」として処理されている。


■ 関連機関の動き(抄)

  • 防衛省異常対処部:陸上課が被災地の孤立集落への物資輸送を試みるも、空間の断絶により複数のルートが使用不能。ヘリ部隊も異常な気流と認識障害により、活動を大幅に制限された。

  • 宮内庁結界局:東北地方に存在する複数の「神域」とされる場所と皇居を結ぶ霊脈ラインが、事変により寸断されていることを確認。結界局職員が霊脈の修復を試みるも、異常なエネルギーの逆流により2名が重傷。

  • 特命清掃センター:活動不能。異常が継続しており、「清掃」や「復旧」の段階にないため、待機を余儀なくされている。現場からは「どこから手をつけていいのかすら分からない」との悲痛な報告が上がっている。

  • 対異常特別作戦群:第19特殊災害即応部隊と思われる部隊が複数回介入した痕跡が確認されている。彼らは政府機関が見捨てた地域の生存者を救出した、あるいは、危険度の高い異常を秘密裏に終了させたと推測されるが、詳細は一切不明。


■ 発生要因

未解明。複数の異常が相互に影響し合い、自己増殖的に拡大しているため、最初の「引き金」となった異常の特定は困難を極める。有力な仮説として、「過去に発生した大規模災害の“記憶”や“悲しみ”といった負の感情が、何らかの触媒によってM-Type異常として具現化し、それが物理世界を侵食した」というものが、雅庁および一部の記玄官によって提唱されている。


■ 付記

事変発生から72時間後、幻滅官のドローンが撮影した映像に、一人の少女が静かに佇んでいる姿が記録されている。少女はカメラに気づくと、何も言わずに一度だけ頷き、霧の中へと消えた。この映像は最高機密に指定されている。


■ 備考

  • 東北事変における記録不全率は51.8%に達する。これは、記録官自身の精神汚染や、記録媒体そのものが異常変質したためである。

  • 回収された音声データには、「意味不明な幾何学模様」が音声スペクトルとして記録されている事例が複数確認されている。

  • 現在も東北地方の一部は封鎖指定区域となっており、事態は膠着状態にある。幻滅官による収容作戦は、被害の拡大を防ぐ防衛戦の様相を呈している。

【抜粋記録:UN-2018-07-07関連異常群内】


■ 異常ID:UN-2018-07-07-085 (M-Type)

名称(仮称):鳴り止まぬ鎮魂歌
発生地:宮城県石巻市沿岸部一帯

概要:
特定の発生源を持たない女性の歌声が、聞く者の精神に直接的な喪失感と罪悪感を植え付ける認識災害。録音を試みると、録音媒体は物理的に破損するか、全く無関係の「楽しげな子供の声」のデータに上書きされる。厚生労働省異常対処課の精神科医は、この歌声が人間の「忘れたい」という防衛本能を破壊する性質を持つと分析している。


■ 異常ID:UN-2018-07-07-297 (M-Type / A-Type複合)

名称(仮称):記憶の砂浜
発生地:岩手県陸前高田市沿岸部

概要:
砂浜の砂粒が、そこに住んでいた人々の断片的な記憶を立体映像として投影する。触れると、その記憶が自身のものと混淆する二次的な認識災害を引き起こす。星特別対処部・零課の隊員一名が、この異常に接触後、「自分にはここに帰るべき家族がいる」と主張し始め、任務を放棄。現在、医療施設にて隔離・観察中。


■ 異常ID:UN-2018-07-07-388(未収容 / Null-Class)

名称(仮称):境界を彷徨う声
発生地:東北地方全域(空間非固定)

概要:
「此処ではない何処か」、あるいは「生と死の境界」から発せられていると思われる、感情の断片。言語として認識できないが、「助けて」「寒い」「まだ帰れない」といった強い情念が直接伝達される。この声に長時間曝露した者は、徐々に現実への関心を失い、最終的には自ら封鎖区域の奥深くへと歩み去ってしまう。全決班はこの声の「終了」を最優先事項の一つとしているが、発生源が特定できないため、有効な手段が見つかっていない。